2008年10月29日

着々と・・・

SSOの年末ライブは着々と準備が進んでいます。
事務方関係は若干遅れ気味ですが・・・。
というか、練習もそろそろ危険水域だったりします。

今回はSSO&Friendsということで、2グループが一緒に出演してくれます。

会場の都合で座席に限りがあるので、来場後希望の方はSSOホームページのメールから投稿してください。

今回演奏予定の曲は全部で10曲程度。
時間にして約1時間くらいです。

これから1ヶ月でどこまで仕上げられるかですね〜〜。

SuperSonicOrchestra&Friends Presents
Live&Party2008"ThePractice"
atTENJIN-ACB(BUZZ)
Start 18:00
Prize Men \2500 Women \2000

フライヤーはコチラ↓
ThePractice-ACB.pdf
posted by masa07 at 15:02| 福岡 曇り| Comment(16) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月19日

SSO夏から秋にかけて

いろいろやってました。
ライブの日にスーパートランペッターKieno氏が加入し、何とかデビュー戦を乗り切ったんですが、あまりの暑さでみんな記憶が飛んでたり。。。


8月10日に天神で打ち上げやりました。
いやいや、楽しいもんですな〜

ギターのKANくんのミソギがら始まって、次のイベントへ向けた決起大会となり、若干選曲なんかしちゃったりして子供たちと一緒に楽しみました。

そうそう。次のイベント。

年末、クリスマスの時期ですが、12月13日に天神で主催Liveやります!

今もまだまだ選曲と新曲の練習をやっているところですが、概要が決まったらまたここらでお知らせします♪

といってもココを見ている人は少ない(というかほとんどいないはず)んですけどね〜

見てる人がいたらなんかコメでも残してください(^^)
posted by masa07 at 17:16| 福岡 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月17日

眠れない・・・。

一度は寝付いたんだけど、目が覚めてしまって寝付けなくなった。
いろいろ思うことや考え込むことがあって、ちょち気分悪い。

音楽や初舞台のことではない、もっと別のノイズ(雑音)を相手にするだけでほんとにつかれちゃいます。
ぐったり。。。
posted by masa07 at 04:32| 福岡 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月14日

いよいよ初舞台へ!

今年の4月に一念発起して立ち上げたバンド「SuperSonicOrchestra」
いよいよライブデビューです。

といっても地元の夏祭りのプレオープニングなんですが、ステージには変わりない!
ということでメンバー一同、一所懸命準備中です。

SuperSonicOrchestra(SSO)はホーン主体のインストバンドです。
Sax×4、Trumpet×1、Trombone×1の管楽器6人と、
Drum,Bass,GuitarPiano&Key×2のリズム隊5人の計11人です。

今回は準備期間も短く、立ち上げ3ヶ月目でのライブということもあり曲の仕上がりが悪いところはアレンジを加えるなどして何とか形に使用としています。

曲は全部で6曲準備。

70年代〜80年代の曲を中心に夏らしいアレンジの曲をセレクトしています。

興味がある方はSSOのホームページをご覧になってくださいね!
posted by masa07 at 13:04| 福岡 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月25日

ブログ復活〜

2年近くほったらかしにしてたこのブログ。
久しぶりに更新することにしました!

あれからいろいろあって身辺の環境が変わったもんで。

ちょくちょく更新したいと思います〜♪
posted by masa07 at 13:54| 福岡 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月20日

マニアな話「本能寺の変」

最近、まったく更新してなかった〜

ということで、大河ドラマ「功名が辻」でも放送された「本能寺の変」について語ってみたいと思います。

まず、通説の「本能寺の変」
1580年6月2日(旧暦)深夜に1万5千人の兵力で丹波亀山城を出陣した明智光秀は、軍を中国方面ではなく京都に向けた。
同日早暁、主君織田信長宿舎にしていた本能寺を襲撃。
信長は明智の旗(桔梗紋)を見ると「是非に及ばず」と言って本堂の奥へ入り火を掛け自害した。
その後、明智軍は長男で世継ぎの織田信忠が宿舎にしている二条御殿を襲撃。
信忠も自害して果てた。
謀反は成功したかに見えたが、肝心の信長親子の首を取ることはおろか遺体すら見つけることが出来なかった。
11日後、光秀は山崎にて大返しした羽柴秀吉軍に敗北、山中で農民に殺されたといわれている。

続いてドラマ。突っ込みどころ満載。(突っ込みどころ
1580年6月2日(旧暦)深夜に1万5千人の兵力で丹波亀山城を出陣した明智光秀は、「敵は本能寺にあり!」「狙うは信長の首ただ一つのみ!」と言って軍を中国方面ではなく京都に向けた。
同日早暁、主君織田信長宿舎にしていた本能寺を襲撃。
信長は明智の旗(桔梗紋)を見ると「是非に及ばず」と言って銃を取り奮戦するも力及ばず本堂の奥へ入った。
表では甲冑を着込んだ兵士が信長を守ろうと奮戦している中、濃姫もともに戦っていたが明知軍の銃弾を浴び戦死。
信長は「敦盛」を舞うと炎の中で自害した。

これが多くのドラマでの脚色なんですが、突っ込みどころ満載ですね。

突っ込みの1。
「敵は本能寺にあり」「狙うは信長の首ただ一つ!」
こんなん高らかと宣言したら、謀反バレバレやん。
兵士の中で寝返るやつらも出てくるし、密告する連中もいるでしょう。
この手の軍事行動は情報が漏れるのを防止しないと失敗するので、これはなかったと思います。(後述しますが、記録が残ってます。)

突っ込みの2。
銃を取る暇はありません(笑)
記録によると明智軍到着から4〜5分で本堂近くまで襲撃しているので、火縄銃の準備など到底間に合いません。
火薬入れて弾入れて、火薬を押し固めて引き金をあけて・・・。
準備できまへん。

突っ込みの3。
濃姫をはじめ、信長の奥方さんたちは全員安土城にいました。

突っ込みの4。
敦盛を舞うシーンがよく出てくるのですが、舞ってる暇はありません。
そんなことやってたら踏み込んでくる敵に首取られてしまいます。
本能寺は京都の寺院の中でも小さい部類だったので、あっという間に駆け込めるでしょう。

それでは資料に基づく最新の「本能寺の変」+MASAの考え

1580年6月1日(旧暦)愛宕山に行っていた明智光秀が丹波亀山城へ帰城。(ただし、大雨で帰城できなかったのではないかと言われてます。)
6月2日深夜、明智軍1万5千人全軍に出陣の指令。

「甲冑を着けて行軍せよ」との触れが出たと記録されています。
兵士A「中国方面へ加勢に行くのに今から甲冑付けろなんてどうなってるんだ?」
兵士B「何でも上様(信長)の命令で京に滞在中の家康様を討つって話だぜ。」(本城惣右衛門覚書より)

明智軍は部隊を3つに分けて、先発を斉藤内蔵助(利三)が指揮していたのではないかといわれています。明智本隊は最後に出発、ついたときは戦闘は終わっていたとも言われています。そもそも1万5千人で京都市中で戦闘なんて狭くて出来ないと思います。

明智軍本能寺到着。夜明けで明るくなっていた。(現在の午前6時頃と推定)
記録によると
 本能寺周辺は誰もおらず、静かな夜明けだった。
 斉藤内蔵助の子息が騎馬数人と寺の北のほうへ向かった。
 兵士たちはすぐ近くの門へ行き、門番を殺害した。
 門扉は鍵がかかっておらず、押したら開いた。(以上、本城惣右衛門覚書)
本能寺周辺はかなり無防備で、しかも閑散としていたようです。
信長近習も、町民も気づいていないようなので、先発隊は少人数だったと私は思います。

そして、いよいよ襲撃です。
門(恐らく南門)を開けた兵士(本城惣右衛門)は、「境内はねずみ一匹もいないくらい静か」で、「一番近くの建物に2〜3人で踏み込んだ」と証言しています。
この時、奥から女中が逃げてきたので捕らえたら「上様は白い着物をお召しです」と話したそうです。
この上様を兵士たちは「家康だと思っていた」そうで、女を斉藤内蔵助へ引き渡した後「家康の首」を目指し、近習たちとの本格的な戦闘に入りました。

そのとき信長は「手水鉢で顔を洗っていた」ら森乱丸が駆け込んできたので、信長は「城介(長男信忠)か?」とたずねたら「惟藤日向守(明智光秀のこと)ご謀反」と報告、信長は「是非に及ばず」と言って奥へ入った。(信長公記)

門が開いてココまでおよそ5〜10分くらいではないかと。

「本格的な戦闘に突入したころ、外では喧嘩と思って屋敷を飛び出したら野次馬が集まり始めていた。」」(村井貞勝・京都所司代)

「早朝ミサの準備をしていたら、外が騒がしくなった。程なく銃声や歓声が聞こえてきた。ミサに集まってきた信者に聞いたら本能寺で反乱が起こったといっていた。本能寺の方角に火の手が上がるのが見えた」(本能寺からすぐ近くの南蛮寺の宣教師)

本格的な戦闘に突入してから5分くらい(本能寺突入から15分くらいか?)で本堂に火の手が上がったものと思われます。

この時信長は「誰にも自分の首を渡すな」といい、本能寺に火を掛け自害したことになっていますが、実際はどうだったのでしょうか?
「自分の首を渡すな」といって自害した戦国武将は、ほとんどが部下に持ち去らせて隠させています。
「首を渡すな」と言った信長が、自分の死体の始末を燃える本能寺の炎に任せるでしょうか?
6月1日愛宕山では大雨だったという記録があり(山科日記)さらに、火災対策を十分に練って立てられた建物がそう簡単に焼け落ちるでしょうか?

「変を聞き、本能寺に駆けつけたところ裏手の墓場の藪の中で遺体を火葬している兵士たちがいたので、ここは愚僧らに任せて、といって遺体を引き取った」(阿弥陀寺由緒之記録)
とあるところから、信長は本堂に火を掛けた後、見つけられにくいところで自害したのではないかと推測しています。

「則時ニ前右府打死」(言経卿記)と記録されているところから本能寺鎮圧にかかった時間は30分程度だったと考えています。
とある建築士さんに聞いたところ、お寺の本堂に火がかかって燃え広がるまでに30分くらいはかかると言ってました。

それを考えると、信長は本堂に火を掛けたが、あくまでも”ヒッカケ”で、実際は阿弥陀寺由緒之記録にあるように見つかりにくい場所で自害したのではないかと思います。

その後、天下人になった秀吉が信長の遺体を引き渡せと阿弥陀寺へ何度も使者を送っているので、遺体は阿弥陀寺にあるのではないでしょうか。

本能寺の変には黒幕論争というのがあり、のちの天下人、豊臣秀吉も名前が挙がってます。
僕は秀吉は直接手を出してはいないと思いますが、光秀謀反についてはある程度知ってて黙殺してたのではないでしょうか?
知ってたからこそ、中国大返しが出来、光秀と姻戚関係にあった有力大名を味方に付け、戦後処理ではいち早く嫡孫(長男信忠の嫡子)を担ぐことが出来たのではないでしょうか。

また、秀吉に反逆して自害させられた信長の三男信孝は、次のような辞世を残しています。
  昔より 
   主を内海の野間なれば
  報いを待てや羽柴筑前

昔(ずっと以前)からの主君を討った(内海の)野間(知多郡野間)なのだから、いずれ報いをうけることになるだろう、羽柴筑前守秀吉さんよ

野間は源義朝が部下に裏切られて暗殺され、織田信孝が昔の家来だった秀吉に自害をさせられる。ということを表しています。
僕はこれに、信長暗殺の意味も含まれているのではないかと思います。

秀吉は天下人になりましたが、その最期はとても哀れで、うわごとで次のようなことを言ったとされています。
「御館様、ごめんなされてくだされ」
主君信長に対してやましいことがあったのでしょうか?

なにやら引っかかるものがあります。

明智光秀の謀反の動機はいまだになぞのままです。
現在、本能寺跡が発掘調査中なので、調査結果がが待たれるところです。
posted by masa07 at 13:25| 福岡 晴れ| Comment(5) | TrackBack(4) | 人文・歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月10日

救急病院

昨夜(9日夜)、1mちょっとの高さの場所からアタマから落ちました。
抱っこしてたんですが、突然暴れて腕からするりと抜け落ちて。
落ちた瞬間、一瞬凄い声でひと鳴き。
今まで聞いたことがない声でちょとびっくり。

どうも肩から落ちたようですが、どちらから落ちたか良くわからず。
すぐ全身を触って痛がるところがないか調べたところ、特になし。
骨折や脱臼の症状もなし。

・・・・と。誰が落ちたか書いてませんね。
落ちたのは犬です。ロイくん。

すぐ歩き出したので様子を見てたんですが、ソファーから飛び降りたときにまた「ヒャン!」と鳴きました。
抱っこする瞬間にも時々「ヒャン!」というので、動物病院へ行こうということになりました。

ところが、日曜は行きつけも近隣もほとんど午後休診。
仕方がないので、都市高速ワキの夜間救急病院へ連れて行きました。

入ったらすでに2組の患者さん(犬)が。
獣医さんも動物看護士さんも、思ったよりも人数多くて、1処置に獣医さん1人と看護士さんが2〜3人ついてました。

受付をしてると担当獣医さんが来て、「ちょっと歩かせて見ましょうか。ケージから出してあげてください。」と。
ロビーに出していいとのことで出してあげると歩く歩く。
超低空飛行でにおいかぎまわりながら凄いスピードで歩き回る。
他の患者さん(犬)のところにいったり、事務所に入ろうとしたり。

「じゃ、診察しましょうか。」ということで、診察台へ。
先ほど自由に歩きまわれたのが嬉しかったのか、若干興奮状態で、普段なら嫌がる診察台へもホイホイ上がります。

体重はかって触診開始。
特に骨格には異常なし。骨折や脱臼ではありませんでした。
足を持って動かしながら触診。
ヒザや足首、クビ周りは特に異常なし。
ところが、右前足の付け根、肩辺りを動かすと悲鳴に近い鳴き声が。

「あー、ここですねぇ〜」

どうやら打撲とか捻挫の類らしい。
「とりあえず、念のためにレントゲン撮りましょうか。」

しばらく待合室で待機。
その間にも次々と患者さん(犬)がやってきます。
仕方がないもんね、病気や怪我は突然やってくるし。
この夜間病院は福岡、筑紫、粕屋などの地域の動物病院や獣医さんが集まって持ち回りで運営しているそうです。
非常に助かります。

10分ほど待合室で待ってたらレントゲンができたそうなので、診察室へ。

ロイの中身ってこんなんなんだ〜とまじまじと見てしまいました。
ネコは入っていないようです(^^;
変なのも食ってないようで一安心♪

骨や関節には全く異常が無いそうで、やはり打ち身や捻挫でしょうとの事。
2〜3日安静にということでした。
よかったねー、ギプスされなくて。ギプスなんてされた日にゃ気が狂うやろね。

鎮痛剤をうってもらって帰宅。
安静にさせないといけないので、とりあえずソファーを楽器部屋へ。
飛び降りたりするので。
痛みから解放されてきたためか、ホットケーキをおねだりしたりと元気のいいこと。

も〜疲れたよ。。。

今朝は鎮痛剤が切れたようで痛いみたいです。
ワキをさわると嫌がってました。
なんとなくはったような感じになってます。

今日はがんばって早く帰ろうと思います。

おとなしくしてろよー
posted by masa07 at 12:37| 福岡 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | ロイくん(愛犬) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月31日

春の健康診断♪

愛犬家のみなさんはきちんとされていると思いますが、我が家でも春の健康診断を実施しました。
内容は
・問診/聴診/体重測定
・血液検査(フィラリア)
・狂犬病予防接種

病院に入ったとたん、ハコのなかでそわそわ〜
受付をしているとピィピィなき始め、
診察台に載せようとするけどハコにしがみついて出ようとせず。
ムリヤリ引っ張り出して体重測定。
既にガタガタブルブル。

気になる体重は5.45キロでした〜
0.2キロほど増量。
筋肉がついたかな?

次は問診と聴診。
聴診器をおなかに当てるとガタガタブルブル震えながらもなぜか尻尾フリフリ。
震えながらも愛想を振りまくサービス精神は立派なのですが、状況が状況なだけになんだかマヌケ。

さて、お次は血液検査。
看護士さんにお尻をつかまれ、先生におなかと右前足をつかまれ、飼い主にハナをつかまれ羽交い絞め状態。
ただならぬ状況を察知したロイさまは
ピィーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ピィーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ピィーーーーーーーーーーーーーーーーーー
と息が続く限りなき始め、前足へ採血の注射。ブシュー。
その間もひたすらなき続けてました。ピィーーーーーーーーーーーーーーー

採血が終わると、次は狂犬病予防接種。
こちらは背中に注射でさっさと完了。
が、この間もひたすらなき続けてました。(^^;

終わって箱を用意するとさっさと飛び込み、奥の方でまるーくなってました。
早く帰りたいのか、待合室でもそわそわピィピィ。
10分ほどで検査結果が出ました。

血液検査は陰性。よかったねー。

ということで、4月末からフィラリア投薬が始まります。
ロイくんはこのフィラリア予防薬をおやつだと思っているようで、きれいに完食してくれます。
投薬する側としては大変ラクチンです♪
posted by masa07 at 10:18| 福岡 | Comment(0) | TrackBack(0) | ロイくん(愛犬) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月19日

機動戦士ガンダムORIGINE「ルウム戦役編」突入

月刊ガンダムエース連載中のマンガ「機動戦士ガンダムORIGINE」が今月号から新章に突入しました。

テレビシリーズでは断片的にしか語られなかった一年戦争前期(テレビシリーズの直前)の激戦、ルウム戦役編です。

セイラ・マスの回想からはじまる「シャア・セイラ編」ではサイド3ムンゾ自治共和国の指導者だったジオン・ダイクンの謎の急死と、その遺児キャスバルとアルテイシアがそれぞれシャアとセイラになるまでが描かれ、
「開戦編」では、次第に政情が悪化し、忍び寄る戦争の影が克明に描かれています。
戦争前夜の緊張と集団ヒステリー、恐怖と熱狂がドキュメンタリータッチで描かれました。

「ルウム戦役編」は冒頭から戦争の悲惨さを淡々としたタッチで描かれています。
マンガではじめて「胸くその悪さ」と吐き気さえ催すほどの衝撃を感じました。
別にグロテスクなスプラッターなシーンがあるわけではありません。
「戦争の早期終結のため」と称して毒ガス兵器でスペースコロニーの数万人の虐殺を若い恋人同士の静かな死を通して描き、更に彼等の遺体をのせたまま巨大なコロニーを地球へ落とすテレビシリーズの冒頭に繋がります。

このマンガは戦争は架空の物語でも悲惨なものなのだと教えてくれます。

ルウム戦役では、赤い彗星のはなばなしいデビューや黒い三連星の活躍があり、すごくカッコイイ部分なのですが、戦争の闇の部分を強烈に描くことで物語が引き締まった大人のマンガになってると思います。

ガンダム世代や重い話が好きな方にオススメです。
posted by masa07 at 08:10| 福岡 曇り| Comment(1) | TrackBack(0) | 本(マンガ含む) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月13日

ノアールでよかろうもん!(2006.03.12)

ノアールアンサンブルウィンズ第6回定期演奏会「ノアールでよかろうもん」無事終了しました。
今回は2部構成で開場後にアンサンブルステージがありました。
サックスパートにお誘いを受けてたのですが、今回は丁重にお断りいたしました。
僕が入ったらせっかくのサックスアンサンブルが違うものになっちゃうしね。

1部はクラシカルステージ。
吹奏楽オリジナルからバッハ、そして木星まで。熱くて濃い選曲でお届けしました。
ノアールって本番になるとサウンドが変わるんですよね。
ノリがいいんかな?ラテンの熱い血が流れているんでしょうか。
照明の関係でステージが前よりに組まれたため、結構ギュウギュウ詰め。
僕もひな壇と反響版の間に押し込まれました。
それが良かったのか、楽器が鳴りまくりになり、隣のTubasがブンブン鳴らしてても自分の音がきれいに聞こえて、なんとも気持ちよく演奏できました。
反響版に大感謝♪(客席まで聞こえてたかどうかはわかりませんが)
僕は楽器を若干寝せるので、エンドピンが支えきれずすべることがあったので、今回はゴム板を買ってきて床に敷きました。これが効果テキメン♪
ただ、木星の中間部(パワクロのところ)でエキサイトしすぎたせいか、ゴム板から外れてしまい、滑りまくり(@。@)
中間部が終わるまで耐え切って、次の休みでなんとか修正。大きなトラブルも無く1部は無事終了できました。

1部が終わると15分の休憩になりますが、バンドは「休憩」といってのんびりできる暇などなく、着替えや小物の準備で大忙しです。
僕は2部はE.Bassを打楽器にまわるので、打楽器の配置換え、移動、着替えでばたばた。
あっという間に5分前になってしまいます。
バタバタと打楽器の入れ替えをしてたら指揮台を抱えている人を発見。
ステージスタッフの方かな?と思ってたらなんと指揮者のtaketo氏。
当然のように雑用に精を出す指揮者って、今まで出会ったことがありません。
つくづく、いいバンドだなぁと思いました。

2部は実行委員長bata氏の挨拶から始まります。型どおりの挨拶が終わるとそのままはっぴに着替えて
「ノアールだヨ!」(いかりや長介風に)
「全員集合〜!」
ドリフメドレーの始まりです。
音楽にあわせながら残りの4人が会場の後ろから走ってきます。
「次!行ってみよ〜う!」
5人そろったドリフが「え〜んや〜こ〜らや〜」と歌います。
まさに「8時だヨ全員集合!」の世界です。
歌が終わると「盆回しのテーマ」(舞台が回転するときのテーマです)
ドリフが一旦ハケたあとは次から次にネタのオンパレードです。
「東村山音頭」や「ひげダンス」
タブーをバックに「ちょっとだけよ」
最後は「ビバノンロック」のテーマで締めくくり。
「ババンババンバンバン アービバビバ」

30歳代の皆さんには懐かしい企画だったのではないかと思います。

2曲目はマンボメドレー。
曲はマンボジャンボとマンボのビートの組み合わせでした。
僕はティンバレスを担当。
この手の鳴り物大好きなので楽しんでやれました。

次はキッズクラブとの競演。
キッズクラブとは、団員のお子さんを練習時間中に別室で預かるノアール特有の制度です。
多くのボランティアの方々のおかげで、お母さん団員も奏者として活動できるのです。
このお母さん層というのがとても個性的で、バンドの雰囲気を牽引しています。
ハンドベルとピアニカ、打楽器、歌、ピアノと一所懸命演奏しました。
子供達の真剣な演奏、とてもよかったですよ♪

そして次は「福岡メドレー」
福岡にゆかりのあるアーティストや曲で構成されたメドレーです。
黒田節でしぶーく始まり、続いて松田聖子ちゃんモドキのyuyu氏が白いドレスでイナバウアーをしながら登場。
ハートのイヤリングを熱唱すると、白いドレスに身を包んだパワフルトランペッターのM氏(男性)とバトンタッチ。
格好からは想像できないようなすばらしい音色で「スウィートメモリーズ」を熱演。
続いてチャゲ&飛鳥のYAH!YAH!YAH!
チャゲアス役の二人が一旦登場するけど、すぐソデに下がり、コートを着て扇風機を持って再登場。
おもむろに扇風機を回してサビを熱唱!
うまくコートが開かないので、クラリネッターズがロープつきの洗濯バサミで引っ張ってPVを再現。でも、途中で取れてしまったんですが、それを見た指揮者のtaketo氏が裾をまくってあげてました。(ぷぷぷ)
次はチェックの服を着た3人組が登場。
チェッカーズの「涙のリクエスト」を絶妙なハーモニーで歌い上げるとここで、一旦止まり、
武田鉄也の登場。
いきなり、マイクパフォーマンスでかましまくります。
ステージ側はあんまり聞こえないのですが、このときは良く聞こえました。
そして、曲は「贈る言葉」。
卒業のみなさんとの楽しい思い出を想いながらの演奏。
ものまねで爆笑の中、ちょっとしんみり来るものがありました。

「さよならだけでは悲しすぎるから去り行くあなたへ贈る言葉」

贈る言葉がおわると団長の挨拶があり、団長の音頭でお客さんといっしょに博多一本締め。
そして福岡メドレー最後の曲「いざゆけ!若鷹軍団」
Yahooドームでの応援さながらの演出と演奏で福岡メドレーは幕を閉じます。

次は指揮者のご挨拶。
今回の定演でノアールを「卒業」される皆さんへの紹介とはなむけの言葉があり、代表のKちゃんへ花束の贈呈。
Kちゃんは創立当初からのメンバーで、運営委員の経験もある、ノアールでは中核のメンバーでした。
別れはつらいものです。もらい泣きするメンバーもいました。
他にもノアール!BBでも活躍してくれたFさん一家も転勤で卒業。

そして、定演最後の曲「ジャングルファンタジー」
僕はボンゴに移ります。
いつもはスタンドに立てるのですが、今回は見せる演奏を心がけようと思ってたので、ステージの最前列でひざに挟んで演奏することにしました。
スタンドに立てると、音が下に抜けてしまうので響かないんですが、ひざに挟むと床に反射してきれいに響きます。
この曲は冒頭からボンゴソロがあるので、気合入れて叩きました。

途中のソロ回しもかなり危険な状態になりましたが、何とか持ち直し、大団円!

本当に楽しく演奏できました!

そして、アンコール。
グレンミラーのムーンライトセレナーデ。
これコントラバスで演奏したかったのですが、スペースの関係でエレキベースで演奏。
アンコール2曲目は宝島。
指揮者がサックスを持って再登場。
ソロをブイブイ吹いてくれました。

選曲、企画、演出、全てが爽快に、ドライブ感のある演奏会になったんじゃないかと思います。

実行委員会のみなさん、企画・演出のみなさんを始め、みんなお疲れ様でした!

posted by masa07 at 11:05| 福岡 曇り| Comment(6) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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